SELECTED ENTRIES
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

文化分解

デザインの世界でひたすら走り続け、気がつけば恐ろしや早くも三十有余年にもなる。文化と経済は車の両輪と云われながらも、わが日本では文化は未だに経済の脇役に甘んじ、心の豊かさや生活の潤いは暗中模索の只中にいる。このプログでは、少々の脱線は予測されるものの、文化を基軸にしたものにしていきたい。
一番だからの魅力、霊山寺
0
    8月の初め、四国の観光を家族で楽しんだ。初日はこの旅行の一番の目的であった大塚国際美術館で西洋美術にどっぷりと浸かったが、やはり今回も、閉館時間までに全フロアを観切ることはできなかった。凄まじい作品数であることをあらためて思い知らされた1日であった。さて翌日、鳴門から徳島へ車を走らせていく途中、前方に霊山寺の案内表示が目に入る。続く案内で、それが四国八十八ケ寺の第一番の札所であることを知った。今回の予定にはないものの心が揺らぐ。そういえば、義父はこの全八十八ケ寺を3度も参拝したことを思い出した。将来八十八カ所を巡るかどうかは別として、偶然、目にとまったお寺が一番という縁起のよい札所であることを知りながら見過ごすことは、帰宅後に後悔するよう思われた。そこでえいとばかりにハンドルを右に切ったのだ。
    各宗各派の大本山がひしめく京都に住むものにとっては、京都から出て巡りあう神社仏閣の多くはいたって小ぶりである。霊山寺も思ったほど境内は広くはないが、仁王門もあれば、本堂、大師堂、鐘楼、多宝塔、宿坊と大伽藍とかわらぬ構えがあった。心なしか圧迫感を感じるのは、各建物間の距離が短いせいか、はたまた京都の広々とした伽藍配置に慣れてしまっている自分のせいか。狭い空間の中にほどよく空気がよどみ、かすかなお香の匂いがここかしこにあることで、長い歴史の蓄積が閉じこめられていることが感じられる。独特の気配がこの一番札所にはあった。


    本堂の中にひしめく万灯籠
    | 徳島 | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    思い出のいずみホールでのコンサート
    0
      いずみホールといえば、毎年恒例のウィーンフィルによるニューイヤーコンサートの会場となるウィーン楽友協会大ホールを理想の音場として造られたクラシック専門の音楽ホールである。大阪には先に竣工し、実績を積み重ねてきたシンフォニーホールの評価が高いため、やや影が薄い存在ではある。シンフォニーの経営母体が朝日放送であるのに対し、いずみは住友生命と、PR力に本業とそうでない差があらわれているのかもしれない。
      私が忘れられないのは、今から十年以上前、FM放送で流れたピアノ演奏ですっかりとりこになってしまったマリア・ジョアン・ピリスが来日公演するとのことで、このいずみホールに聴きに行った時のことだ。コンサートは、残念ながらピアノソロではなく、当時、日本では無名に近かったヴァイオリニストオーギュスタン・デュメイとのデュオであったが、ピリスの生が聴けることに変わりはない。ところがである。演奏が始まると私の関心は、デュメイの鳥肌が立つほどのヴァイオリンの音色にいってしまったのである。あの時の感動はいまだに忘れられない。学友協会に似せたいずみホールとヴァイオリンの音色が渾然一体となった瞬間であった。

      さて、私の親しくさせていただいている方のご長女が、くしくもヴァイオリンで世に出ようとされている。来月10月14日、大阪を拠点に活躍する大阪センチュリー交響楽団と共演される会場が、このいずみホールなのだ。
      あの忘れられないデュオコンサートの思い出に浸りつつ、若い可能性を秘めた演奏を存分に楽しみたいと思う。

      瀧花さんご長女

      2008年10月14日(火)19:00~ いずみホール
      金 洪才 指揮、大阪センチュリー交響楽団
      独 奏/青山優子(フルート)/瀧花絵里子(ヴァイオリン)/上田多嘉子(ピアノ)
      入場料/6,000
      問い合わせ/大阪アーティスト協会 050-5510-9645
      <曲目>
      ニールセン:フルート協奏曲
      チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
      ショパン:ピアノ協奏曲第1番

      | 音楽 | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      味噌カツライスに敗北宣言
      0
        名古屋の尾頭橋にある藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院。やたら長い名の病院であるが、私が子供の頃は、「ばんたねさん」と親しみをもって呼び、たしか小学2年の時に腫れた扁桃腺の切除手術で一度だけお世話になったことがある。今そこに母が入院でお世話になっている。
        今日は、そのばんたねさんに、途中、思わぬ事故渋滞に巻き込まれつつ延々3時間半もかけて京都から母の様子を見に行った。着いた時にはすでに昼の食事が終わったようで、看護師の方や給仕の方やらが忙しく動き回っていた。約束していた主治医の先生に遅れをわびた後、あれこれ説明を受け、また母ともいつもと変わらぬたわいもない話しで時を過ごすうちに2時を過ぎているのに気がつく。病院独特の雰囲気の中にいたせいか、いつもの腹時計が正確さを失っていた。それでも、近くのうどん屋でもと、一人表に出て尾頭橋の通りを歩いていくと、めざとくそれらしき看板が通りをはさんで目に入った。「葉栗屋」とある。交差点で横断し玄関先まで行って気が変わった。味噌カツの表示が目についたからだ。名古屋に来て、味噌カツを食べない手はない。胃袋はうどん一杯ぐらいの余裕しかなかったが、この表示で気のせいか空腹感が増したようだった。暖簾をくぐると、2時過ぎだというのに意外にもお客が多く、勘定を済ませるために立ったお客の、後片付けがまだ終わっていない、唯一の空いた席についた。周りの客はうどんばかりであるが、私は、迷うことなく「味噌カツライスをお願いします」と女将さんらしき女性に告げた。親しみのある表情を保ちながら奥に手際よく注文を告げたが、あとで思い返せば、その時、少しにこりとしたようだった。
        でき上がるのを待つ間、自宅への携帯メールにしばし夢中になっていると、「おまたせしました」だったか「どうぞ」だったか覚えがないが、その声で携帯から目を起こすと、とんでもないものがあった!
        自宅で思い出しながら描いたスケッチをご覧あれ。

        味噌カツライス
        姿かたちは、ちょうど超特大のかき氷のようである。直径25センチ程の皿に標高30センチは越えると思われる細く刻まれたキャベツがうず高く盛られているではないか。その頂きには、なぜか生ハムが一切れのっている。当のトンカツはと言うと、はるかに下、短冊状に切られてキャベツの山の急斜面に立てかけられている。巷では勝負事などの験かつぎにトンカツを食べたりするが、そのトンカツが立っているとなると、これは尋常ではない。そういえば、近くに場外馬券売場がある。一攫千金を夢見る人への店主の思いやりなのだろうか。
        さて、箸を取ったもののどこから手をつけてよいか迷う。いつもなら、まずはトンカツからが常道だが、頂きの生ハムと一緒にキャベツを崩れないようにはさんで口に入れた。続けざまにキャベツに何度も箸をつける。トンカツには目もくないがむしゃらな本性むき出しの自分がいる。しかしながら一向に山の大きさが変わらないように感じる。あきらめて、ようやく濃厚なミソだれがついたトンカツに。私は残すことがきらいな性分なのだ。思い直してさらにキャベツに立ち向かっていく。忘れていたが、ご飯がこれまたすごい。どんぶりに大盛りときた。この味噌カツのおいしさは舌が充分に感じているはずなのだが、その情報が脳細胞まで上がって来ない。
        どれだけの時間が過ぎたか思い出せないが、隣のお客のもとに来た女将に、思わず「ギブアップです」と告げてしまった。その時も最初と同じような微笑みが返ってきた。

        夜の食事がすすまなかったのは言うまでもない。




        | 故郷 名古屋 | 02:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        情けない企業風土
        0
          情けないというか、腹が立つというか。エンドユーザーのことをまったく考えていない。
          先月の盆休みは気がかりのあまり予定よりも早めに帰郷。かねてより腰痛を訴えていた母の具合が、やはり尋常ではないことがわかり、病院に連れていったところそのまま入院となってしまった。
          ことの発端はこうである。
          先日、京都の自宅から車をとばして病院に様子見に行った折、母から近々に銀行で現金出金してきて欲しいと頼まれたことからはじまる。
          今日、長男である私が代理として引き出すために必要なものは何かを聞くため、引き出そうとしている病院近くの○△支店に問い合わせることにした。ホームページを開き、支店案内から該当の支店の電話をメモって早速かけた。
          そうすると、電子音声による案内がはじまった。単調な音声を辛抱強く聞いて、ようやく最後のあてはまるであろう「9」のボタンを押した。やはり、「ただいま大変混みあっています・・・・」。で、ようやく生の女性の声が応えた。すぐさま用件を伝えた。すると「お引き出しはどこの支店を予定されていますか?」と聞いてくる。あのね、私は支店の電話番号をわざわざ調べてかけているんだよ、と言いたいのを我慢して、「支店によって現金の引き出しの手続きが違うのですか」と返す。そんな違いがあってなるものか。人様のお金を預かっている大銀行ではないか。相手はたじろいで何かよくわからない御託を並べ立てだした。私を盗人とも疑っているのではないだろうか。「しばらくお待ちください」と保留状態にされる。再びつながっても、またよくわからない返答。あ~あ。そして2回目に保留状態から開放されると、「○△支店におつなぎします。」あきれるばかりである。○△支店にかけたのに、それを全国をカバーするコールセンターの金融知識のない素人が出て、こちら通信費持ちの電話で10数分の無駄なやり取りの末、ようやく本来の○△支店の担当員が受話器に出た。ことは2分とかからなかった。
          合併を繰り返し、今や日本最大となった銀行にかつての日本のよき企業風土はどこへ消えてしまったのだろうか。残念である。





          | 文化 | 15:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          水彩ブロックというすぐれもの
          0
            今年、水彩を再開するまで水彩ブロックの存在を知らなかった。芸大受験時代はベニヤ板でできた木製のパネルに水で湿らせた画用紙を紙製のガムテープでとめる水貼りという方法を先生に教えられ描いていた。
            今年、再開するきっかけとなった某著名人の著書で偶然にも水彩ブロックを知った。見た目はスケッチブックと同様で、厚手の水彩紙が20枚ほど綴られているが、違いはその各用紙の重なりごと四辺の小口全面を糊で固めて、分厚い一枚のボード状にされている。そのため水気を含んでも、たわまないので画面の平滑性が保てるようになっている。はじめのうちは、このブロックから描き終わった表の一枚をはがすのに苦労したものだが、途中で気がついた。よくよく見ると四辺の小口の内の一部にだけ糊がついていない部分があったのだ。このすき間にペーパーナイフを差しこみ、左右にスライドさせながら糊をはずしていくと簡単にブロックから放せた。しばらくはこのすぐれものの水彩ブロックを使い続けるに違いない。
            昨日、頼んでおいた新しいブロック紙が3タイプ届いた。
            ウォーターフォードpc ウォーターフォードf4 ウォーターフォードf6
            左からポストカードサイズ、F4、そして先週使い切ったF6の各水彩ブロック
            | 水彩画 | 11:36 | - | - | - | - |
            水彩画 野菜連作5点
            0
              若き芸大受験時代以来の今年から始めた水彩画であるが、予定のはいっていない日曜日で、しかも午後からの限られた時間を利用して描き続けてきた(午前中は週唯一の運動の時間に充てていることもあっての午後からなのだ)。今のところは、描く意欲益々旺盛といったところである。当初は、三日坊主で終わらせないための一策として、思い切って高級な英国製ウォーターフォード水彩紙のF6ブロックを購入したのだが、20枚綴りのそのブロック紙は、今回の一連の野菜シリーズの連作で使い切ることができた。第1ステップは受験時代のデッサン力をまずは取り戻すこと。なんと40年近くもブランクがあるからだ。しかしながらモチーフの形をつかむ下描きの時間は、徐々にではあるが短縮できているのを実感した。何事も続けることが肝要なのだ。

              ●ゴーヤ/表面のつぶつぶがとにかく細かい。その一つひとつを手を抜かずに紙に描きとっていく。ゴーヤは若い店の主人曰く、しばらくすると緑から全体が黄色に変色し、そうなってしまうと渋みがより一層まして売り物にならないとのこと。それをさらに放置すると、実が裂け中から赤い種が露出すると。なんか想像しただけで絵のモチーフになりそう! すると主人は、おもむろに棚の片隅の売り時を逸した黄色のゴーヤをつかみ、私にタダでくれたのだった。勇んで持ち帰ったものの、残念ながら次の日曜日までには間に合わず、実は裂けきってカビが生え、グロテスクな風体をさらけ出して、あえなくゴミ袋へ。ホント残念でした!

              ゴーヤ
              ©COPYRIGHT Naoki Tatematsu

              ●賀茂なす/代表的な京野菜の一つ。自宅からすぐ近く、地元の農家が店とは名ばかりの小屋の中に朝採れの野菜を陳列して、道を行きかう人に販売している。そこで買い求めたのが、この賀茂なすであるが、製造直売にしては1個700円は高かった。値札のない売り物には要注意である。新聞紙にくるんでもらい家に持ち帰って無造作につかんだ途端に指に痛みが走った。なんとがくに鋭いとげがあったのだ。長さ1センチ近い。いやはや、この歳になるまでなすにとげあるとは知らなかった。自分を外敵から守るためのDNAにほかならないのだ。
              賀茂なす
              ©COPYRIGHT Naoki Tatematsu

              ●ごぼう/自宅から歩いてもいける程のところに京野菜専門の店があり、水彩用のモチーフの野菜はここで買うことが多い。丈の短いごぼうであるが、茎の赤紫色がなんとも美しく感じた。
              ごぼう
              ©COPYRIGHT Naoki Tatematsu

              ●南瓜/このかぼちゃは直径10センチ少々と小ぶりである。緑青の色調に似た緑色の果皮に同じく薄い緑色の溝のラインが愛らしい。小さいながら、描いた後の食卓での味は飛び切り美味しかった。「万寿」と表示されたラベルが貼ってあったのを思い出し、意外とブランド品だったのかも知れない。
              南瓜
              ©COPYRIGHT Naoki Tatematsu

              ●玉葱/義父が滋賀県の石山で育てた玉ねぎを描いた。土から取り出してすぐに紐でくくって吊り下げておいたものだ。玉葱のもつ赤褐色の艶のある果皮は土の中の根菜とは思えない美しい色を放っている。午後3時半から描き出したため日が沈みかけるまでの時間があまりに短かった。それでも今はとにかく自然の太陽光のもとで描くことに徹したい。
              玉葱2
              ©COPYRIGHT Naoki Tatematsu
              | 水彩画 | 12:04 | - | - | - | - |
              日本人が育んできた精神性や独自の文化と床柱
              0
                昨日は、私達ものづくりの集まりのメンバーの一人、中田明氏と世界的な工業デザイナー喜多俊之氏との対談「北山杉のお話」が大阪・天満橋であり、早速、出かけて行った。
                中田家は、代々、京都・北山杉を精魂傾けて育てあげ、床柱で知られる北山丸太として世に送り出してきた。その床柱の需要は最盛期であった高度経済成長時代を経て下降を続け、新たな活路への模索が続けられている。喜多俊之氏による北山丸太とリサイクルアルミを使用し開発されたベンチは、イタリアなどの欧州において高い評価を得、家具としての新たな可能性を探り得たひとつの成果と言える。
                お二人の昨日の対談を通じ、自らの住まいあり方を振り返らされた。
                日本人が育んできた精神性や独自の文化は、床柱の需要と時を同じくするように高度経済成長期を境に次第に失われていったようだ。かつての日本は、個人よりも家族が中心であり、一つ屋根の下に二世代、三世代、時には四世代が同居し、親戚縁者とも強い絆で結ばれていた。お祝い事や法事ともなれば、何をさておいても一同が一つの家に集まって同じ空間と同じ時を共有しあった。また、住まいする地域内の家同士の結びつきも強く、さまざまな行事が年間を通じて行われるたびに相互扶助の精神が養われていった。当然、家への来訪者も日常的であり、そんな人々との交流の中で、訪れる人々を迎える場である居間は、存分に機能が働いていたのだ。現在の“もぬけのから”となったリビングルームとは大違いである。居間の象徴である床の間は、人を迎える目的に応じて掛け軸や生け花、そしてさまざまな小道具によって多彩な演出がなされ、迎える者の思いや心配りを表した。床の間にすえられた床柱は、視覚的な方向性や緊張感を造り出す重要なエレメントでもあった。
                今日の住まいは、核家族化してしまった一家族中心の住居となり、大画面液晶テレビによってメディアに心を奪われしまった。大半のリビングの家具配置は、テレビ中心でレイアウトされてしまっているのが現状だ。
                殺伐としたニュースが頻繁に流れる時代にあって、今一度、かつての古き佳き日本の精神性と文化を取り戻し、盛んに人々の交流を生むライフスタイルを取り戻すことが大切ではないかと。それは本来の居間、床の間の復活であり、しいては床柱の需要とも符合するのではないだろうか。
                今回の対談は、はなはだ短絡的ではあるが、日本の伝統文化である床の間の復活が、心豊かな生活への第一歩ではないかと感じてしまうほどの内容であった。

                北山杉
                北山杉



                | 文化 | 13:17 | - | - | - | - |
                ベルリン・フィル 来日公演
                0
                  今日12日は、サイモン・ラトル指揮によるベルリン・フィルの来日コンサートの一般チケット発売日で、午前10時が受付開始。S席40,000円からE席16,000円までの6ランクが一斉に発売される。某得意先のクラッシクのお好きな社長のOさんと二人でぜひ行きましょうと意気投合して、おそらく殺到するであろうチケットに二人して購入を試みた。二人とも2枚ずつ取れたら、余った2枚はヤフーオークションにでも出品してと。そしてOさんは電話、私はネットでのチャレンジである。席のランクの目星はB席かA席。ところが電話もネットも開始からまったく通じない。想像をはるかに超える相当なアクセスが集中しているようだ。早々にOさんはギブアップ。私も開始1時間後、ようやくアクセスができ、開いた画面をみて呆然。すべて完売である。S席やA席は高くて余っているだろうという読みは外れてしまった。こうなると残念でならない。画面をしつこく更新を繰り返しながら、そろそろ開始1時間半になろうという時、偶然、×印だったS席が△印になっているのを発見!わが目を疑ったが、それ行けと購入を試みるものの誰かに先を越されてしくじる、完売後もチラホラ余ったチケットが出てくるようだ。かすかな希望を持ってさらに画面の更新を続ける。すると今度はC席が△。こうなるとどの席でもいい。しかし同様にゲットできない。次にA席が△。しかしアウト。おそらく完売後もたまに表われる△印に気づいた購入希望者が手ぐすねして待っているのであろう。そんな目に見えないチケット争奪戦を繰り返しながら、発売開始2時間後、ついにA席2枚をゲット!11月28日のシンフォニーホールが楽しみである。さて、仕事に戻ろう。
                  | 音楽 | 12:53 | - | - | - | - |