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文化分解

デザインの世界でひたすら走り続け、気がつけば恐ろしや早くも三十有余年にもなる。文化と経済は車の両輪と云われながらも、わが日本では文化は未だに経済の脇役に甘んじ、心の豊かさや生活の潤いは暗中模索の只中にいる。このプログでは、少々の脱線は予測されるものの、文化を基軸にしたものにしていきたい。
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日本人が育んできた精神性や独自の文化と床柱
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    昨日は、私達ものづくりの集まりのメンバーの一人、中田明氏と世界的な工業デザイナー喜多俊之氏との対談「北山杉のお話」が大阪・天満橋であり、早速、出かけて行った。
    中田家は、代々、京都・北山杉を精魂傾けて育てあげ、床柱で知られる北山丸太として世に送り出してきた。その床柱の需要は最盛期であった高度経済成長時代を経て下降を続け、新たな活路への模索が続けられている。喜多俊之氏による北山丸太とリサイクルアルミを使用し開発されたベンチは、イタリアなどの欧州において高い評価を得、家具としての新たな可能性を探り得たひとつの成果と言える。
    お二人の昨日の対談を通じ、自らの住まいあり方を振り返らされた。
    日本人が育んできた精神性や独自の文化は、床柱の需要と時を同じくするように高度経済成長期を境に次第に失われていったようだ。かつての日本は、個人よりも家族が中心であり、一つ屋根の下に二世代、三世代、時には四世代が同居し、親戚縁者とも強い絆で結ばれていた。お祝い事や法事ともなれば、何をさておいても一同が一つの家に集まって同じ空間と同じ時を共有しあった。また、住まいする地域内の家同士の結びつきも強く、さまざまな行事が年間を通じて行われるたびに相互扶助の精神が養われていった。当然、家への来訪者も日常的であり、そんな人々との交流の中で、訪れる人々を迎える場である居間は、存分に機能が働いていたのだ。現在の“もぬけのから”となったリビングルームとは大違いである。居間の象徴である床の間は、人を迎える目的に応じて掛け軸や生け花、そしてさまざまな小道具によって多彩な演出がなされ、迎える者の思いや心配りを表した。床の間にすえられた床柱は、視覚的な方向性や緊張感を造り出す重要なエレメントでもあった。
    今日の住まいは、核家族化してしまった一家族中心の住居となり、大画面液晶テレビによってメディアに心を奪われしまった。大半のリビングの家具配置は、テレビ中心でレイアウトされてしまっているのが現状だ。
    殺伐としたニュースが頻繁に流れる時代にあって、今一度、かつての古き佳き日本の精神性と文化を取り戻し、盛んに人々の交流を生むライフスタイルを取り戻すことが大切ではないかと。それは本来の居間、床の間の復活であり、しいては床柱の需要とも符合するのではないだろうか。
    今回の対談は、はなはだ短絡的ではあるが、日本の伝統文化である床の間の復活が、心豊かな生活への第一歩ではないかと感じてしまうほどの内容であった。

    北山杉
    北山杉



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