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文化分解

デザインの世界でひたすら走り続け、気がつけば恐ろしや早くも三十有余年にもなる。文化と経済は車の両輪と云われながらも、わが日本では文化は未だに経済の脇役に甘んじ、心の豊かさや生活の潤いは暗中模索の只中にいる。このプログでは、少々の脱線は予測されるものの、文化を基軸にしたものにしていきたい。
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いで湯を恋し旬の蟹と牡蛎が華をそえる久美浜、網野の丹後2町
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    ズワイガニ
    京都府丹後地方に、いよいよ冬の到来です。港町の上に巨大な投網を打ったような冷気がひろがる頃、冬の味覚、蟹と牡蛎が食欲を誘い、いで湯が体の芯を温めます。丹後西端の町、久美浜・網野を訪ねます。 久美浜湾 周辺 県庁所在地、久美浜 「西は城崎、東は宮津。丹後の久美浜よい港」と唄われる久美浜には、明治のはじめ、丹後・丹波・但馬・播磨・美作の5カ国を管轄する県庁が置かれました。その名残は、明治3年開学の久美浜県小学校跡や公会堂の建物、県庁舎をモデルにした久美浜駅の駅舎に面影をとどめています。明治の気概を伝える冬の久美浜は、おだやかな久美浜湾と雄々しい日本海の対称的な海をあわせもつ港町です。

    久美浜のシンボル兜山
    兜の形に似た標高192メートルの兜山は、久美浜のシンボルです。登山道を歩くこと30分ほどで、山頂の展望台に。眼下に丹後ちりめんを思わせるさざ波の久美浜湾。その向こうには、細く長い小天橋の砂州。そして高々と逆巻き、砕けては退く日本海。この対照的な表情の内海と外海の妙は、日本三景天橋立に勝るとも劣らない景観です。山頂に鎮座する熊野神社本宮は、日本四熊野の一社で、久美浜町の郡名、熊野郡の起こりの元といわれています。

    久美浜湾のカキは今まさに旬。
    小天橋の先端近い、波静かな湾内に湊漁港があります。この港を管理する湊漁業協同組合は、昭和34年(1959)にカキの養殖技術を確立しました。湊漁協参事の種池栄さんは、「しけと無縁の久美浜湾は、カキの養殖に適した諸条件をそなえ、 他の海域のカキよりも身が大きく、美味しい」と太鼓判。漁協では、3月頃に仕入れた仙台産の種カキを1本のロープに5枚ずつ結わえつけ、湾の筏に吊るします。収穫は、最もおいしい11月から翌年の3月までで、1本のロープから何と70〜80個ものカキがとれます。育てる漁業に取り組む漁協では、カキ養殖の他に、「さいばいセンター」の水槽で飼育した何万匹ものクロダイやヒラメを毎年、湾に放流しています。久美浜湾が太公望の人気スポットになっているのもこうした努力の賜物なのでしょう。漁協直営のマリンプラザでは、とれたての松葉ガニやカキをはじめ、定置網にかかった魚介類、またそれらの干物や塩辛等の水産加工品を直売しています。来る12月6日(日)は、マリンプラザ前の広場を会場に、恒例のカキ・魚まつりが催されます。そのメインは何といってもカキの試食。当日用意された一万個のカキが、さまざまなカキ料理となって無料で来場者に振るまわれます。

    湯とカニ・カキ料理のへきすい苑
    カキの養殖棚を望む岬にシーサイド温泉が湯煙を立てています。へきすい苑と棟続きの碧翠御苑がそれで、旅館であり食事処でもあるへきすい苑では、食事や入浴だけでも利用できます。久美浜湾を眺めながらの露天風呂は、心身の疲れをほぐしてくれます。後は待望の冬の味覚を賞味。へきすい苑では、カニ会席と久美浜ならではのカキ会席が双璧です。

    「関西花の寺第七番札所」如意寺
    久美浜湾からの潮風が仁王門をくぐり、不動堂、本堂へと抜けていきます。日を切ってお参りすれば霊験あらたかであることから、地元では「日切のお不動さん」として親しまれている如意寺は、行基の開山と伝えられる真言宗の古刹です。気持ちを一にした関西の花のお寺どうしが集まり、「花の寺」が生まれ、如意寺は「関西花の寺25カ所」の第七番札所。年間を通じて約300種もの花が境内に咲き薫ります。また「花説法」の寺としても知られており、ご住職のウイットに富んだ説法は、参拝された多くの方々から便りが寄せられるほどです。

    久美浜の名産を扱う綿徳商店
    中心街を走る東本町通りに面した綿徳商店は、久美浜の名産鯛せんべいの店として知られています。本物の魚の身と澱粉を主原料にしたせんべいで、夏は飛魚、秋なら小鯛やカナガシラといった具合に、季節の魚を使用するため、味も微妙に変化します。4代目の綿井勤さんは、「せんべいとして食べる以外に、お汁に入れたり、割って茶椀蒸しの中に入れたり、吸い物に浮かしていただくこともできます」と。ぱりっと乾いた音とともに、潮の香りが口の中にひろがります。この店のもう一つの顔が「このしろ寿し」の店。コノシロとは、寿司のネタでおなじみのコハダのことで、久美浜湾では10月末から3月まで刺網で収穫されます。寿しと言ってもご飯はなく、どちらかと言えば酒の肴とも言える料理です。作り方は、背割りし、塩をふって、酢に20時間ほど漬けこんだコノシロに、おからを炒り、甘酢で味付けしたものを詰めこみます。コノシロが元の姿に戻り、青もの特有の光を放ちます。この店では、12月から1月にかけては鯛せんべいの製造を中止し、「このしろ寿し」づくりに専念します。

    名杜氏のもとで生まれる銘酒
    久美浜湾に注ぐ川上谷川。玉砂利の中を清らかな水が流れていた様から、「玉川」の銘柄が生まれたと伝わる木下酒造は、天保13年(1842)創業の造り酒屋です。米どころの地の利と裏山からの伏流水、多雪地帯ならではの寒さを利用して、日本酒が造り続けられてきました。兵庫県温泉町出身で、30年以上ものキャリアを誇る但馬杜氏中井昭男氏のもとで、平成6年度の全国新酒鑑評会でみごと金賞を受賞。「昔は甘口が好まれたのですが、食文化の変化とともに人々の嗜好も変わり、最近は辛口になっています」と、常に時代の変化を読む11代目の専務木下善人さん。新酒のできる12月のはじめ頃より、予約をすれば、酒蔵の見学ときき酒が体験できます。

    久美浜の沿岸を往く
    山陰海岸国立公園に指定されている久美浜の海岸は、西側は出入りの複雑な海岸線をつくり、東側の小天橋では白砂青松の自然海浜が保たれています。 千石船をつないだ「もやい石」 久美浜の西、旭の入江に、朝日港がひっそりと佇んでいます。かつて室町末期から江戸時代にかけて千石船が寄港し、熊野郡内のすべての上納米が積み出されるなど、大いに栄えたとか。岸壁には、船をつないだという「もやい石」がぽつんと残り、往時を偲ばせてくれます。

    小天橋がつくり出した海浜
    小天橋の日本海側・久美の浜海岸は、山陰随一のロングビーチで、夏は小天橋・葛野浜・箱石浜の各海水浴場としてにぎわいいます。オフシーズン、波を求めてやって来たサーファーを横目に、漂着したハングルや中国語のボトルが束の間の日光浴をしています。箱石浜は、縄文時代から天然の良港として栄え、大陸文化流入の玄関でした。異国の人々がこの浜でどんな思いをはせたのでしょうか。

    網野の沿岸を往く
    子午線最北の町、網野 日本の標準時子午線が通る町と言えば、明石市が知られていますが、その135度線の最北端にあるのが網野町です。日本海を見晴らす断崖に、網野町のAをシンボライズした最北子午線塔がたち、9時間の時差があるグリニッジの世界標準時と併せて時を刻んでいます。

    11月初旬、午前0時0分を切って解禁された松葉ガニ漁。たけなわを迎えたこの時期、満を持す浅茂川漁港のカニ引き船は、午前2時30分頃に出漁の時を迎え、2時間かけて漁場に向かいます。漁は、昼夜を分かたず操業し、翌日の午後2時の競りに合わせて帰港する場合と、その日の午後4時の競りまでに日帰りする2通りがあります。陸揚げがすむと、選別の始まりです。松葉ガニは5匹を1列として大きい順に並べられていきます。カニは1枚、2枚と数えられ、5枚が一口。競りでは、この一口を単位として落とされ、高級料亭や旅館、贈答用として出荷されていきます。

    網野町漁業協同組合の組合長山本厚さんは、「舞鶴から隠岐島にかけてのズワイガニのオスを松葉ガニと称します。メスのセイコガニを地元ではコッペと言い、戦後間もない頃、子供におやつ代わりとして子持ちのコッペをあげていました。今や浜値で千円以上もする代物です」と昔を振り返ります。「情報の発達した今日でも魚やカニの心までは読めません。田畑は天候の良し悪しで多少収穫が変わりますが、漁の場合はゼロということもあり、まさに水物です」。「しけ具合によっては、網野の船では出漁できなくても、他の漁協の大型船なら出漁できる場合もあって、毎年、解禁日の天候には気をもみます」と山本さん。「網野や間人(隣町の丹後町)の松葉ガニを食わずしてカニの味を語ることなかれ!です」という自負は、浦島沖の恵まれた漁場に加え、出漁した翌日には陸揚げできる小回りの良さから。1週間以上も操業する大型船ではなし得ません。「カニは鮮度が命。日がたてばたつほど身は傷みます。肉質の歯ざわりといい、殻を割った時の汁といい、網野の松葉ガニは鮮度が違います」との一言一句からは、海とともに真摯に生き抜いてきた情熱が、ひしひしと伝わってきました。

    海を望む静御前出生の地
    浅茂川漁港から海岸沿いの道を西に行くと、静御前をまつる静神社があります。網野の磯で生まれた静は、京に出て白拍子となり、源義経の愛妾となりましたが、義経追放後は、磯に帰り、20余歳で世を去ったとか。静御前をまつる社は、磯の集落を見おろす山の中腹にあり、時代を越えた悲哀に満ちています。

    浦島太郎をまつる島児神社
    網野は丹後国風土記に伝えられる浦島太郎伝説の地。浦島太郎は後世ついた名で、風土記では水江浦嶋子で、八丁浜西端に、嶋子をまつる島児神社があります。海水浴で知られる八丁浜には、長年の風雪に耐えてきた松並木が残っています。どの松も海に向かって反り、自然の猛威を無言で語りかけてきます。 海に面したいで湯 日本海に面して温泉地が点在する網野は、どこのいで湯も冬の味覚カニ料理をプラスして人気を集めています。西から夕日ケ浦温泉、浅茂川温泉、丹後琴引浜温泉をご紹介します。

    白砂を見おろす夕日ケ浦温泉
    夕日ケ浦温泉は丹後有数の温泉地。40数軒ものホテル、旅館、民宿のほとんどが、長く弧を描く浜詰海岸よりにあって、落日の美しさをうたっています。日本海を一望できることから、その名がついた一望館は、アルカリ性単純温泉の露天風呂からの壮大な海の絵巻が魅力のひとつ。潮と温泉の香が交じりあい独特の風趣を奏でています。

    カニ引き船が眼下の浅茂川温泉
    町営の浅茂川温泉が、温泉浴場「静の里」。浅茂川漁港を眼下に、遠く日本海が見渡せる公衆浴場です。大浴槽、打たせ湯、露天風呂をはじめ、展望ロビーやレストランを併設した新しい観光スポットです。

    鳴き砂の丹後琴引温泉
    すっかり有名になった琴引浜。砂が鳴くには、細かな石英砂の粒が汚れていないことが必須の条件で、雨があがって2日ほどたった頃が一番よく鳴くとか。うね嶋は、琴引浜で最も古い湯元旅館。「琴引浜の中に太鼓浜とよばれる浜があり、以前はその太鼓浜の方が地元では有名でした」とは、主人の稲岡さん。砂浜の下に無数に穴の空いた岩盤があって、昭和40年頃までは、歩くと太鼓のような音がしたそうです。400メートルほど離れた泉源からは、効能のすぐれた泉温57度の温泉がこんこんと送られてきます。

    ちょっと 寄り道 丹後がわかるアミティ丹後
    丹後地方の地場産業の情報を発信続けるアミティ丹後では、1市10町の特産品やみやげ物が展示・即売されています。丹後ちりめんでつくられた巾着や絵葉書をはじめ、琴引浜の鳴り砂セット、ミニボトル8本を木箱に詰めた「丹後半島地酒八選」など、アイデアに富んだみやげ物が目を引きます。また、型染めやマーブリング技法で、オリジナルなハンカチをつくる網野ならではの染色体験も楽しめます。

    かつての入江が、たい積した砂で外海と分離し、現在、周囲3・8キロメートルの離湖となっています。府下最大の淡水湖で、ヘラブナやワカサギ釣りの名所として知られています。湖の中ほどに浮かぶ離山は、公園として整備され、展望台が設けられています。神秘な静寂が湖を包む周辺からは、多くの古墳も発見され、この地域が栄えていたことを物語っています。

    家庭料理であった「ばらずし」
    食事処とり松では、何と言っても「ばらずし」が有名で、道具にまつぶたと呼ばれる長方形の木箱が使われます。鯖を焼いて身をほぐしたおぼろに、椎茸・蒲鉾・干ぴょう・錦糸卵などの具をよそい、まつぶたの中で味付けしたご飯と段状に重ね、一辺10センチほどの正方形に切り分けます。網野では、もてなし料理として刺身と茶碗蒸し、それにばらずしは欠かすことのできない家庭料理で、鯖特有の臭みもなく、独特の風味をもった食のすすむ料理です。

    網野・久美浜を写真付きで紹介
    http://arp-design.com/culture/kumihama.html

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