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文化分解

デザインの世界でひたすら走り続け、気がつけば恐ろしや早くも三十有余年にもなる。文化と経済は車の両輪と云われながらも、わが日本では文化は未だに経済の脇役に甘んじ、心の豊かさや生活の潤いは暗中模索の只中にいる。このプログでは、少々の脱線は予測されるものの、文化を基軸にしたものにしていきたい。
味噌カツライスに敗北宣言
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    名古屋の尾頭橋にある藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院。やたら長い名の病院であるが、私が子供の頃は、「ばんたねさん」と親しみをもって呼び、たしか小学2年の時に腫れた扁桃腺の切除手術で一度だけお世話になったことがある。今そこに母が入院でお世話になっている。
    今日は、そのばんたねさんに、途中、思わぬ事故渋滞に巻き込まれつつ延々3時間半もかけて京都から母の様子を見に行った。着いた時にはすでに昼の食事が終わったようで、看護師の方や給仕の方やらが忙しく動き回っていた。約束していた主治医の先生に遅れをわびた後、あれこれ説明を受け、また母ともいつもと変わらぬたわいもない話しで時を過ごすうちに2時を過ぎているのに気がつく。病院独特の雰囲気の中にいたせいか、いつもの腹時計が正確さを失っていた。それでも、近くのうどん屋でもと、一人表に出て尾頭橋の通りを歩いていくと、めざとくそれらしき看板が通りをはさんで目に入った。「葉栗屋」とある。交差点で横断し玄関先まで行って気が変わった。味噌カツの表示が目についたからだ。名古屋に来て、味噌カツを食べない手はない。胃袋はうどん一杯ぐらいの余裕しかなかったが、この表示で気のせいか空腹感が増したようだった。暖簾をくぐると、2時過ぎだというのに意外にもお客が多く、勘定を済ませるために立ったお客の、後片付けがまだ終わっていない、唯一の空いた席についた。周りの客はうどんばかりであるが、私は、迷うことなく「味噌カツライスをお願いします」と女将さんらしき女性に告げた。親しみのある表情を保ちながら奥に手際よく注文を告げたが、あとで思い返せば、その時、少しにこりとしたようだった。
    でき上がるのを待つ間、自宅への携帯メールにしばし夢中になっていると、「おまたせしました」だったか「どうぞ」だったか覚えがないが、その声で携帯から目を起こすと、とんでもないものがあった!
    自宅で思い出しながら描いたスケッチをご覧あれ。

    味噌カツライス
    姿かたちは、ちょうど超特大のかき氷のようである。直径25センチ程の皿に標高30センチは越えると思われる細く刻まれたキャベツがうず高く盛られているではないか。その頂きには、なぜか生ハムが一切れのっている。当のトンカツはと言うと、はるかに下、短冊状に切られてキャベツの山の急斜面に立てかけられている。巷では勝負事などの験かつぎにトンカツを食べたりするが、そのトンカツが立っているとなると、これは尋常ではない。そういえば、近くに場外馬券売場がある。一攫千金を夢見る人への店主の思いやりなのだろうか。
    さて、箸を取ったもののどこから手をつけてよいか迷う。いつもなら、まずはトンカツからが常道だが、頂きの生ハムと一緒にキャベツを崩れないようにはさんで口に入れた。続けざまにキャベツに何度も箸をつける。トンカツには目もくないがむしゃらな本性むき出しの自分がいる。しかしながら一向に山の大きさが変わらないように感じる。あきらめて、ようやく濃厚なミソだれがついたトンカツに。私は残すことがきらいな性分なのだ。思い直してさらにキャベツに立ち向かっていく。忘れていたが、ご飯がこれまたすごい。どんぶりに大盛りときた。この味噌カツのおいしさは舌が充分に感じているはずなのだが、その情報が脳細胞まで上がって来ない。
    どれだけの時間が過ぎたか思い出せないが、隣のお客のもとに来た女将に、思わず「ギブアップです」と告げてしまった。その時も最初と同じような微笑みが返ってきた。

    夜の食事がすすまなかったのは言うまでもない。




    | 故郷 名古屋 | 02:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |