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文化分解

デザインの世界でひたすら走り続け、気がつけば恐ろしや早くも三十有余年にもなる。文化と経済は車の両輪と云われながらも、わが日本では文化は未だに経済の脇役に甘んじ、心の豊かさや生活の潤いは暗中模索の只中にいる。このプログでは、少々の脱線は予測されるものの、文化を基軸にしたものにしていきたい。
40年ぶりに復活した天神祭・北新地の陸渡御
0
    40年ぶりに復活する天神祭の北新地への陸渡御!
    その記念すべき7月23日の模様を記録に残すべく、
    自宅からカメラを持参せねばならないところ
    すっかり忘れてしまった。

    言い訳がましいが、
    前日は親しくさせていただいている知人の
    出版と起業の記念パーティが催され
    すっかり上気してしまったあげくの忘れ物なのだ。

    それでも気を取り直して『百聞は一見にしかず』
    携帯電話の内蔵カメラでも少しは役に立つだろうと
    お錬りに向ってシャッターを切り続け、
    その夜、スライドショーにまとめられた。

    http://arp-design.com/kitashinchi_rikutogyo_090723/index.html

    画質の悪さはご容赦のほど。

    本来の陸渡御が翌日の24日であるのに対し、
    北新地の陸渡御だけが、夜の8時スタートというのは
    いかにも夜の歓楽街を活性化させてあげよういう
    天神様のお計らいとお見受けした。
    しかも
    スタート時間が遅めの夜の8時はまさに同伴出勤の時間にピタリと一致!
    これは、お客のおごりで奮発してもらった夕食をすませる頃がこの時間であるからすれば、
    食後に陸渡御を楽しみ、気持ちが高揚した状態で
    連れ合いとなって店に直行という筋書きが見えてくる。なかなかのものでは。
    早速、スライドショーにまとめるため、
    新地内では目を合わせないよう、忍んで自宅に直行したのである。

    今日の自宅のビールがちょっと味気ない
    | 北新地 | 02:33 | comments(16) | trackbacks(0) | - | - |
    北新地に陸渡御復活
    0
      今日7月15日の京都は、祇園祭の宵宮です。
      鉾立てがはじまるあたりからは、
      大阪の仕事場からの毎度、深夜近くの帰り、
      乗り継ぎの阪急の烏丸駅に降り立つと、
      日毎に着物や浴衣姿の男女が多くなっていき、
      素直に自宅に帰ろうとするわが身に誘惑の魔の手が襲いかかります。
      車内で、幼子と遊ぶ父親を見ると、
      それはそれは微笑ましく、昔が懐かしく思われます。

      明日の山鉾巡航から1週間目に、
      今度は舞台を大阪に移して、天神祭が本番を迎えます。
      宵宮が24日、本宮が25日ですが、
      今年のエポックは、何といっても40年ぶりに復活する北新地への陸渡御。
      大阪天満宮を出発した川と陸それぞれの御輿の内、
      陸渡御は大阪万博にあわせて開通した幹線道路御堂筋を
      西に渡ることが困難となって折り返すようになってしまっていましたが、
      それが復活し、23日午後8時頃に始まるとか。
      氏子をかかえる北新地の長年の悲願であり、
      感無量の方々も多いはずでしょう。

      私にとっては、この2週間あまりは
      誘惑との戦いでもありますが、、、。
      | 北新地 | 12:55 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
      残念!『関西文學』休刊
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        この3月の発行を最後に河内厚郎氏が編集長を務める『関西文學』が休刊した。かつて、一度だけではあったが、河内さんから依頼されて、特集「曽根崎心中 初演三百年 わが北新地」という題目で寄稿させていただいた。東京に出版が集中する中にあって、休刊、復刊を一度経験したものの与謝野晶子らが参加した同人誌をルーツに関西で100年以上もの歴史を持つ由緒正しい文芸誌であった。残念の一言。原因は購読者数の減少に尽きるのではあるが、活字文化の復権の未来はないのだろうか。3度目の復刊に向けて陰ながら応援のエールを送りたい。
        関西文学
        私が寄稿した『関西文學』
        | 北新地 | 01:11 | - | - | - | - |
        北新地マップ制作に思う
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          先月末、北新地の恒例となった節分お水汲み祭りに合わせて、北新地マップをデザイン制作させていただいた。今回で第三版となるが、毎回思うことは店の転廃業と転入によるテナントの入れ替わりが激しいこと。行政区画名に「北新地」という名はないが、現在の北新地は東は御堂筋から西は四ツ橋筋までの約520m、北は国道2号から南は堂島川までの250mに囲まれた区域を、そう呼んでいる。その中にざっと2,500軒とも3,000軒とも言われる店がひしめき、内、400軒ほどが北新地社交料飲協会に加盟する協会員である。前述の北新地マップは、その加盟店の地図上の位置や基本店舗情報を網羅したものだ。2年ぶりの改訂になるが、少なく見積もっても全体の1/10は入れ替わっている。北新地全体におき直すと、ざっと2年で250軒〜300軒がこの街を退場し、ほぼ同じ数だけの新しい店が入場したことになる。
          商売の厳しさを思い知らされる数字ではあるが、そんな荒波にびくともしない老舗があるのもまた事実。私の心やすいママさんが仕切るクラブは今年37年になる。

          北新地マップ
          北新地マップ表紙/昭和9年頃の北新地は写真のようにお茶屋街であった

          3年ほど前、街起こしの一環として、北新地三百年の歴史と文化を後世に残す文化銘版「わが北新地」と呼ぶサインをデザイン制作させていただき、現在、新地本通の遊歩道上に10基が設置されている。この時の制作のために東奔西走して集めた多くの資料が、わが事務所に眠っている。これを今一度活かしつつ、北新地の生き証人からの新たな情報などを加え、ぜひライフワークとして北新地を一冊にまとめあげることを密かに目論んでいる。背中を押してくれる人がまだ少なく、より強く押してくれる人々を待ち望みつつ動きつつある。
          このブログを読まれた方で、北新地の歴史・文化・伝統に関する情報をお持ちの方は、ぜひご一報を。今や貴重な北新地の文化遺産は語り部の高齢化とともに消失寸前の状況にあると危惧している。
          立松直樹/arp_naoki@yahoo.co.jp




          | 北新地 | 00:59 | - | - | - | - |
          人形浄瑠璃の名手、吉田玉男氏
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            人形浄瑠璃(文楽)の名手で人間国宝の吉田玉男氏が9月24日に亡くなられた。近松門左衛門の名作「曽根崎心中」は、1953年に歌舞伎界において復活上演されたが、その二年後の1955年(昭和28)、吉田玉男氏演じる主役徳兵衛が舞台に立ち、浄瑠璃界においても復活上演を果たした。
            河庄
            私が制作を担当したサインで大阪・北新地の遊歩道上に設置された文化銘板「わが北新地」の17枚の内の1枚に同じく近松の傑作「心中天網島」で吉田玉男氏演じる治兵衛の写真をモチーフにした銘板がある。北新地に縁の深い近松作品を人形浄瑠璃の作品から2枚を選出し、サインプレートにしたいと考えた私は、国立文楽劇場さんなどに出向いて、数ある人形料瑠璃写真の中から悩み抜いた末に2枚を絞り込んだ。その内の1枚が吉田玉男氏が写った上の写真である。

            詳細/http://arp-design.com/works/index.html

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            © Design Forum ARP co.,ltd. all rights reserved

            | 北新地 | 16:14 | comments(3) | trackbacks(1) | - | - |
            北新地マップ
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              ようやく改訂制作をしてきた北新地マップが完成した。デザイン:有限会社デザインフォーラム・アープ

              (北新地マップ表面)

              先日、3年ぶりに北新地マップの改訂をさせていただけました。北新地には3千店ともいわれる飲食店が東西500m、南北250mほどにひしめいているが、その内の1割にあたる協会加入の会員店を紹介するとともに、北新地の歴史や文化も併せて紹介している。地図に掲載された300店ほどの約1/4がこの3年間で廃業したり協会を脱会したが、その穴を新規加入店が埋めている。北新地街全体におき直せば、大変な数の店が廃業に追い込まれるとともに、代わりに新たな新規店が生まれていることだろう。今は、高級指向のクラブや一時隆盛を誇ったバーが減少傾向にあり、その分を食べ物系の店、とりわけ若者層を狙った店が補っているようだ。北新地三百年の歴史の変遷は、時代の動きに対しみごとに街として順応してきたわけである。街はまるで生き物のように新陳代謝を繰り返し、遮二無二生き続けようとしているかのようだ。止まってしまった時、それは街が廃墟となることを意味する。
              map02
              (北新地マップ中面)

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              | 北新地 | 01:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              北新地の文化銘板「わが北新地」
              0
                私のデザインフォーラム・アープでは、大阪の北新地まちづくり実行委員会から依頼をいただき、北新地の街の活性化の一環として歴史・文化銘板「わが北新地」のサイン計画を3年の企画・デザイン制作期間を経て、2003年11月27日竣工させた。
                北新地に関する歴史や文化についての資料収集はまさにゼロからの出発であった。大阪であれば中之島図書館や中央図書館、阪急学園池田文庫、大阪城天守閣、国立文楽劇場、大阪歴史博物館。東京は国立劇場や江戸・東京博物館などに出向いてまずは情報収集に努めた。情報・資料がなければ企画もできなければデザインもできない。また芦屋大学理事の倉光弘己氏や文化プロデューサーの河内厚郎氏など、識者からも助言を受けた。こうして図版と原稿で1セットにした銘板17枚をようやく完成させることができた。当初は1年以内の完成を予定していたものの様々な紆余曲折を経て、プラス2年もかかってしまったため、その間の出費も多く、外注費もかかり、竣工した年度の私の事務所は創業以来はじめての赤字決算を計上してしまった。それでも後世に残る記念碑的なサインを北新地に残せて私は満足している。この街のために精一杯頑張ったし、このお仕事を通じていろいろな人々に出会えたから。現在、北新地のメインストリート新地本通りの遊歩道沿い10基のサインが設置されている。ぜひお近くにお寄りの際は覗いていただきたい。

                この図版は坂田藤十郎氏(当時、中村鴈治郎氏)の承諾を得て文化銘板の1枚に採用させていただいたもので、長く上演が途絶えていた近松門左衛門の「曾根崎心中」を昭和28年、復活上演させた記念の写真である。お初を2代目中村扇雀氏(現・3代目坂田藤十郎氏)、徳兵衛を故2代目中村鴈治郎氏が演じる。場所は新橋演舞場。
                サインプレートには未来永劫まで錆びないチタンを採用、また陽極酸化法という退色の恐れがない特殊なチタンの発色法を使ったグラフィック表現を採用している。
                北新地・歴史文化銘板「わが北新地」の詳細/http://arp-design.com/works.html

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                | 北新地 | 00:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |