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文化分解

デザインの世界でひたすら走り続け、気がつけば恐ろしや早くも三十有余年にもなる。文化と経済は車の両輪と云われながらも、わが日本では文化は未だに経済の脇役に甘んじ、心の豊かさや生活の潤いは暗中模索の只中にいる。このプログでは、少々の脱線は予測されるものの、文化を基軸にしたものにしていきたい。
清水九兵衛氏と楽吉左衛門氏
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    京都府庁の西100mほどの中信美術館へ行き、続いてその美術館からまっすぐ北に5分程歩いた楽美術館へ行く。
    まずは没後5年を迎えて開かれている清水九兵衛展の中信美術館に。美術館としては小ぶりなRCの建物で、受付を済ませ、奥の扉を開けて一旦屋外に出、突き当たりのすぐの扉を引いて別の建物に入ると作品の展示場になっている。観覧していくと分かるのだが、二つの建物は2階部でつながり、見終わってサインに従って1階に降りると、最初に入った建物側に戻る。観覧者にとってはスムーズな動線である。
    さて、清水九兵衛氏の作品であるが、現・名古屋工業大学の建築科を卒業後、東京芸術大学の鋳金科に入学し、在学中に陶芸家6代清水六兵衛の養嗣子となった履歴と作品が見事に重なり合う。館内には茶器などの陶芸作品あり、無駄を排した抽象形態のオブジェあり、オープナーの機能をそなえたプロダクトデザイン的なものがある。また京都市民にはおなじみの都メッセの巨大な朱が鮮やかな彫刻も氏の作品であり、多彩である。使われる素材も土、ガラス、金属、木と、いろいろである。
    どの作品も緻密に計算された緊張感がありクールな印象を感じた。
    中信美術館

    続いて、楽美術館に。
    こちらは対照的に伝統的な京都の商家の外観を残しつつ、中を改造して楽家代々の作品の展示場となっている。初代長次郎から現在の15代に至る茶碗の数々はその間四百年以上もあるとは、素人の私には読みとることができない。これが伝統というものなのか。ただ明らかに違って感じられたのは、現・吉左衛門氏の茶碗。これはまさに見せ場を意図的に創ったアートになっている。反面、作為なるものも感じる。代々の作品を遡っていくと、そのような意図的な作為があまり表にになって感じられない。いわばナチュラルなのである。だが、ただ一つ本阿弥光悦が作陶した茶碗にだけは、アートを感じ、凄まじい作為なるものが私には伝わってきた。
    作為の是非は別として、現在の15代楽吉左衛門氏と本阿弥光悦の作品になぜかその共通するものを見、興味がそそられた。
    楽吉左衛門館
    | 京都 | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    どちらが選ばれるかロゴタイプ2案
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      お誘いを頂きながら延び延びになっていた木工作家・前野正司さんの工房に伺う機会が、先月の9月に実現した。
      工房は奈良と京都の県境に近く笠置山が臨まれる山あいにあり、到着するや、まずはおびただしい材木の集積に驚かされる。工房内はご本人のご家族から面白おかしくサティアンと呼ばれておられるように、今いる自分の位置を見失ってしまうほどの様々な木工機械と数限りない道具類、そして林立する材木群である。材木はホームセンターに置かれているような安物とは違う。銘木と呼ばれる高級木材が無造作に立て掛けられ、積み上げられているのである。その工房内にあって、ぽっかり抜けた明るい空間が仕事場である。マップケースなどを活用した収納ケースの引出しを次々とあけていくと、プロ級のプロが使うと思われる数多くのノミが、それぞれ整然と並べられ、これでもかというほどのバリエーションで圧倒している。ノコしかり、カンナしかり、、、、、。中にはオーダーメイドで作られたものも多々あり、これはもうオタクの世界を超越している世界である。

      Fine Wood Maeno ロゴ案1
      Fine Wood Maeno ロゴ案1

      その前野さんが『Fine Wood Maeno』という工房名をつけられ、本格的に活動をはじめられるということで、そのロゴタイプを依頼された。
      アトリエ訪問から1ヶ月ほど経った先週、絞り込んだ2案をご自宅にお送りしたところ、早速、お返事を頂き、友人、知人の意見を聞いた上で決めますとあった。
      上図がそのプランであり、今はどちらが選ばれるか、しばしお待ちするとしよう。

      | デザイン | 14:22 | comments(127) | trackbacks(0) | - | - |
      40年ぶりに復活した天神祭・北新地の陸渡御
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        40年ぶりに復活する天神祭の北新地への陸渡御!
        その記念すべき7月23日の模様を記録に残すべく、
        自宅からカメラを持参せねばならないところ
        すっかり忘れてしまった。

        言い訳がましいが、
        前日は親しくさせていただいている知人の
        出版と起業の記念パーティが催され
        すっかり上気してしまったあげくの忘れ物なのだ。

        それでも気を取り直して『百聞は一見にしかず』
        携帯電話の内蔵カメラでも少しは役に立つだろうと
        お錬りに向ってシャッターを切り続け、
        その夜、スライドショーにまとめられた。

        http://arp-design.com/kitashinchi_rikutogyo_090723/index.html

        画質の悪さはご容赦のほど。

        本来の陸渡御が翌日の24日であるのに対し、
        北新地の陸渡御だけが、夜の8時スタートというのは
        いかにも夜の歓楽街を活性化させてあげよういう
        天神様のお計らいとお見受けした。
        しかも
        スタート時間が遅めの夜の8時はまさに同伴出勤の時間にピタリと一致!
        これは、お客のおごりで奮発してもらった夕食をすませる頃がこの時間であるからすれば、
        食後に陸渡御を楽しみ、気持ちが高揚した状態で
        連れ合いとなって店に直行という筋書きが見えてくる。なかなかのものでは。
        早速、スライドショーにまとめるため、
        新地内では目を合わせないよう、忍んで自宅に直行したのである。

        今日の自宅のビールがちょっと味気ない
        | 北新地 | 02:33 | comments(16) | trackbacks(0) | - | - |
        北新地に陸渡御復活
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          今日7月15日の京都は、祇園祭の宵宮です。
          鉾立てがはじまるあたりからは、
          大阪の仕事場からの毎度、深夜近くの帰り、
          乗り継ぎの阪急の烏丸駅に降り立つと、
          日毎に着物や浴衣姿の男女が多くなっていき、
          素直に自宅に帰ろうとするわが身に誘惑の魔の手が襲いかかります。
          車内で、幼子と遊ぶ父親を見ると、
          それはそれは微笑ましく、昔が懐かしく思われます。

          明日の山鉾巡航から1週間目に、
          今度は舞台を大阪に移して、天神祭が本番を迎えます。
          宵宮が24日、本宮が25日ですが、
          今年のエポックは、何といっても40年ぶりに復活する北新地への陸渡御。
          大阪天満宮を出発した川と陸それぞれの御輿の内、
          陸渡御は大阪万博にあわせて開通した幹線道路御堂筋を
          西に渡ることが困難となって折り返すようになってしまっていましたが、
          それが復活し、23日午後8時頃に始まるとか。
          氏子をかかえる北新地の長年の悲願であり、
          感無量の方々も多いはずでしょう。

          私にとっては、この2週間あまりは
          誘惑との戦いでもありますが、、、。
          | 北新地 | 12:55 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
          生花の感触、プリザーブドフラワー
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            わが家には家内がピアノをしていることもあってグランドとアップライトの2台のピアノがあり、その内のレッスン室にあるグランドピアノの上には、ずいぶん前から花のアレンジメントが飾られている。これまで、その存在は知っていたが、単なるドライフラワーと見過ごしてきた。先日、ある方のお嬢さんのコンサートがあり、その方へのお祝いの花を贈ろうとしたとき、家内から提案があってはじめて知ったのが、このアレンジメントの思わぬ秘密だった。舌がもつれそうだがプリザーブドフラワーといい、ヨーロッパ生まれらしい。その取り扱いショップでパリにあるクロードカンコーが日本に進出し店舗展開している。ホームページによれば、「生花に特殊な技術をほどこし、フレッシュなままの柔らかさと美しい色合いを長く楽しむことができるように作られた、生花ではないドライでもない新しい花のスタイル。また、環境に気を配ることによって数年以上もその美しさを楽しむことができます。花が一番美しい瞬間に、特殊な溶液に浸し、一度水分と色素を取り除きます。その後、あらためて色付けを行うため、実際にはない色合いを楽しむ事ができます」とある。
            はじめてわが家のプリザーブドフラワーに触れてみた。やわらかい!確かにこれはドライフラワーではない。今でこそ減色してしまっているが、何年か前までは花の色を保っていたという。世の中不思議なものがあるものだ。演奏活動をしている家内曰く、「コンサートをすると花束を一杯いただき、家中花だらけ。それだけではすまなくなってお隣さんにおすそ分けしたりする。ところが2週間もすれば、ほとんどの花は花瓶から失せてしまう。残るのはこのプリザーブドフラワー。2年、3年は花の色を保って生花と変わらない」と。
            これだ!と早速、クロードカンコーが入っているそごうに行って買い求めた次第である。

            ブリザーブドフラワー
            写真:クロードカンコーHPから
            クロード・カンコーHP
            | 音楽 | 12:11 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
            妻と娘の初ジョイントコンサート
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              S&Sコンサートロゴ
              今回の母と娘のジョイントコンサート用にデザインしたロゴタイプ
              昨日は、地元にある「大人の小学校・アーズローカス」で妻(ピアノ)と末の娘(ヴァイオリン)によるコンサートが実現した。感無量ながら、残念!私の念願である長男(染色工芸)との親子二人展の先を越されてしまった。
              アーズローカスは自宅から歩いてもいける北大路通り沿いにあり、簡単に言えば、地元密着型の会員制の文化サロンである。おしゃれな5階建ての中には、音楽ホールの他に室内プールやギャラリー、談話室、陶芸施設等があって会員は400名程とか。オーナーは京都ならではの法衣に関わる会社を経営されているらしいが、その真意の程はわからない。
              さて、妻の思いで、入場無料としたコンサートは、その最上階にある5階の定員80名がゆったりと聴ける音楽ホールで行われ、おしゃべりをまじえながらバッハやラベル、ショパン、ブルッフの曲が、ソロまたはデュオで披露されていった。スタンウェイのB型とヴァイオリンの響きがあいまってなかなかの心地よい空間のひとときであった。
              どうやら妻は、来られたお客さんとの和気あいあいとした家族的なコンサートに味をしめて、このホールで2〜3ヶ月に一度の割でコンサートを催すつもりでいるらしい。

              S&Sコンサート
              アーズローカス音楽ホールでのコンサートの模様


              | 音楽 | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              座かんさい月例会+地球研市民セミナー
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                毎月第3金曜日は、ものづくりの仲間が中心となって設立した「座かんさい」の月例会になっている。ところが、かねてより是非参加したいと考えていた地球研(総合地球環境学研究所)の市民セミナーも同じ第3金曜日に開催されることが多く、これまで何度も聴講できずに悶々としてきた。今回の「座かんさい」の例会日がまたしてもバッティングしていた。しかしながら、月例会がたまたま今回に限り場所を大阪から京都に移しての開催であったことから、密かに一計を案じ、例会の議題に市民セミナーを組み込んだプランを立ててみたところ、幸運にも実施の運びと相成ったのである。
                その月例会兼市民セミナー聴講が昨日19日、京都の丸太町であった。地球研のセミナーのテーマは「捕鯨論争−21世紀における人間と野生生物の関わりを考える−」。面白いテーマと自分では思いながらも、メンバーはどうであろうかと遠方の京都開催であることも加わって参加率が心配であったが、ふたを開ければ、セミナー後の例会と懇親会に予定した食事の店をほぼ貸し切り状態にしてしまう程の大盛況となった。前日までは台風直撃の心配もあったものの、当日は持参した傘を一度も開くことのない天候に恵まれたのもラッキーであった。
                さて、捕鯨論争をテーマとしたセミナーは、地球研副所長の秋道智彌氏とグリーンピースジャパンの事務局長星川淳氏の基調講演の後、お二人の対論という構成。我々一般人には知らされていない調査捕鯨の実態が知らされる。えーっ、日本は年間1千頭以上も捕殺しているの!しかも船内で解体処理され、あらかじめきちんと印刷された鯨肉のパッケージに詰められる。それを売って、次年度の調査捕鯨の事業費に充てるとか。調査を続ける事業費捻出のための1千頭に思えてしまう。陸上のほ乳類であるゾウやチンパンジーの調査で1千頭も殺したという話は聞いたこともない。調査は殺さなければできないものなのか。胃袋の中身を調べるためにとか、殺さないと年齢が分からないと言うことも鵯千頭という数字では説得力を欠く。
                ここ世間を震撼させている事故米の恐怖の中にあって、長年にわたって続けられている調査捕鯨にも何かの政治力が働いているのか、特定の人間の意地や利権で続けられているのか、首を傾げるばかりである。
                2次会での、皆に美味い!と好評をいただいた銀シャリと焼き鳥の店、たまたま妻が見つけてくれた店だが、その店のメニューの焼酎リストに何本も引かれた字消しテープが、調査捕鯨とオーバーラップして見えたのは私だけだったろうか。

                捕鯨論争
                会場で配られた資料の表紙




                | 文化 | 16:28 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
                人はヒトとして自然なのだろうか
                0
                  幸いにも自分は戦争の苦難を体験することなく生まれ、青春時代を日本の高度経済成長とともに歩んできた。オイルショックやバブル崩壊も戦争とは見比べるほどもない。しかしこれまでの和平は、将来をも約束するものではないことも確か。近年、地球温暖化や食料・資源の枯渇の危機が叫ばれ、ニュースでも高い関心をもって報じられるようになってきた。現在、地球にストックされている食料は55日分しかないとか、人類がこのまま増え続けてしまって80億人に達すると滅亡の危機に至るともいわれている。われわれ戦争を知らない世代がこれまで安穏と送ってきた生活の、ひょっとしてほんのすぐ先に戦争をはるかにしのぐ想像を絶する大きな試練と苦難が待ち構えているかもしれない。
                  人間は、これまで地球を人間サイドから見過ぎてきた。地球サイドから見れば、人類の誕生こそは地球にとって不幸であった。他のほ乳類はもちろんのこと、あらゆる動物、植物に至るまで、かつて自然を支配しようとするものなどいなかった。各生物は自分の子孫を残すために凄まじい生存競争はするものの自然の摂理に逆らうことはなかった。ヒトが誕生して、わずか1万数千年しかたっていないが、生物の中には億年単位の時代を生き続け、今に至っているものも多い。クラゲやイソギンチャクのような、人間からは下等と見られている生物がしかりなのだ。途方もなく長い時代を生き抜き、今に至っているということは、それだけの強い生命力と自然と共生できる対応のすべ(広い意味での文化といえるのだろうか)をそなえ続けてこられたからに他ならない。人類が近い将来、滅亡の危機に瀕したととしても、おそらくこれらの生物はなにくわぬ顔で生き続けていくに違いない。

                  今月の23日の祝日、NHK BShiのPM8:00から9:30の90分番組がある。昨秋、わが協会のイベントで講演をお願いした日高敏隆先生の特別番組と聞いた。長年にわたって日本の動物行動学を導いてこられた先生の発言に注目したい。
                  ネクタリン
                  桃を小さくしたようなネクタリン/©COPYRIGHT Naoki Tatematsu


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                  | 文化 | 01:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |